デザインの重心

「なんかいい」と感じるデザインには、たぶん独特の重心がある。

色や文字、写真やイラストなど、そういう個別の要素だけでは説明しきれない、全体のバランスのようなものだ。

「心地とインターフェース」のサイトは、見た目の要素だけで言えばかなりシンプルだ。暖色の背景にはっきりした黒い文字。記事には鳥の絵がひとつ添えられている。装飾は少なく、レイアウトにもそれほど複雑なことはしていない。未完成の、ラフさの残る佇まいだ。もう少し何かを足すのか、引くのか、ゆっくり考えていこうと思う。

けれど、今のかたちになるまでにも、いろいろと試行錯誤をしている。

文字をほんの少し大きくすると、小さな個人メディアなのに堂々としすぎる。逆に文字が小さすぎると、どこか気取った感じに見えてしまう。文字色が薄かったり、線が細かったりすると頼りない。背景を暖色にして文字を寒色にすると、きれいだけどなんだか素直じゃない気がする。

文字間が詰まっていると真面目すぎる。この文章に表情の薄いフォントは合わない。ナビを横並びに置くと普通。ホバー時の効果をつけすぎると気張っている感じがする。AIについて扱うメディアだからといって、生成AIのイラストを入れるのも予定調和すぎて、さすがに面白くないのではないか。などなど…。

どれも、それ自体が間違いなわけではない。あくまでも、このサイトではこういう細かな判断をしてきた、というだけの話だ。

ほんの少し調整するだけで、全体の重心も少しずつ動いていく。デザインをしていると、こういうことを延々としている気がする。「あー、そこそこ。」みたいな自分にしか分からないポイントを見つけにいく地道な作業だ。

少し話が逸れるが、デジタルプロダクトのデザインには、UIのパーツを再利用しやすくしたり、プロダクト全体に一貫性を持たせたりするための「デザインシステム」という仕組みがある。

一度ルールができれば、デザイナーが毎回いちから考えなくても、そのプロダクトらしさをある程度再現できる。つくるスピードを上げたり、最低限の品質を揃えたりするうえで、とても有効だ。

もちろん、デザインシステムを使えば、それだけでいいデザインができるわけではない。

そもそも、そのシステムができる手前には、たくさんの判断の積み重ねがあるはずだ。余白をどのくらい取るのか。文字をどのくらいの強さで見せるのか。ブランドらしさと使いやすさを両立する色とは。そういうことを総合的に何度も考えて試した結果として、あとからルールができていく。いきなりシステムを構築することは基本的には難しい。

そして、何かこれまでとは違うものを意図してつくろうとするときには、既存のルールに従うだけでは、大きくジャンプすることはできない。ときには、そこから外れて考えることも必要になる。

これは、人だけでなくAIが何らかのルールを参照しながらデザインするようになってきた今も、本質的にはあまり変わらない気がしている。

少なくとも2026年時点のAIは、決められたことをそこそこ守ったり、それらしいものを再現することはできる。素早くたくさんつくることもできるし、ある程度の一貫性は、もしかすると人よりも高い精度で保てるかもしれない。「おお、こういう可能性もあるのか!」と意外性のあるものをぽろっと出してきたりもする。

でも、そもそもどこへ向かいたいのか。大量の案から何を採用するのか。ディテールの良し悪しを判断し、そのうえでどうするのか。そうしたところには、まだ人の判断が必要なのではないか。

いや、必要かどうかというよりも、その判断にこそ、人の意思や属人性が表れていないと面白くない、というのが正直なところかもしれない。

すでに「よい」とされるものを学習し、効率よくつくられたなんとなくそれらしいもので事足りる場面も多いと思う。それ自体はまったく否定しない。ただ、そればかりの世の中は、なんだか豊かではない感じがする。

何らかの意図を持って、高い解像度で、ひとつずつ判断していくこと。たぶん、その繰り返しがデザインという行為の根っこにあるのだと思う。

この記事の冒頭にある鳥の絵は、水彩絵の具を使って筆で描いている。上手な絵を描きたいわけではない。むしろ、少し不揃いな線やにじみのまま残しておきたい。

AIと一緒につくるものが増えていくなかで、この鳥たちは、自分の意思が確かに介在していることを示す小さなサインのような存在だと思っている。

Codexでバイブコーディングをしているし、執筆や校正もChatGPTに手助けしてもらっている。だけど、この鳥だけは自分の手で描く。それもまた、このサイトをつくるうえでのひとつの判断だ。

サイト全体にはグリッドがあり、タイポグラフィや余白にも一定のルールがある。そこに、少しとぼけた鳥が一羽いる。それだけで、場の空気が少し変わる。逆に、手描きのものをあちこちに増やせば、今度は手づくり感が前に出すぎる。だから、ほんの少しだけにした。

DESIGN.mdに残したいのも、「鳥を使う」という指定そのものより、なぜそこに、どんな塩梅で人の手の痕跡を残すのか、という判断のほうだ。

決まったルールだけではなく、迷ったときにどちらへ重心を動かしてみるのか。そういう細かな判断の履歴まで残しておけると、もしかするとAIとの協働の仕方も少しずつ変わっていくのかもしれない。心地とインターフェースのLabページには、その履歴をデザイン・ラーニング・ループという小さな試みとして残している。

「そこ、もう少し大きくして。あー、やっぱりほんのちょっと小さくして。」最近は、そんなめんどくさい過程に延々とAIに付き合ってもらっている。いつもありがとう。