速い時代に、ゆっくり考える

前回、デザインの重心という感覚について書いた。いくつかの要素を調整しながら、全体としてちょうどよく感じるところを探していく作業のことだ。

AIと一緒にものをつくるようになって、その調整作業自体はほんとうに速くなった。以前なら時間や手間を考えて諦めていたことも、とりあえず試してみることができる。これは単純にうれしい変化だ。

そして、それ以上に面白いと感じているのは、つくれるものが増えたことで、自分で考えられる範囲が広がったことだ。

デザインをするとき、理路整然と考えを整理してから始めるというより、まず手描きやFigmaでラフな絵をつくって、壊して、またつくることを繰り返しながら考えている。そのほうが、自分にとっては効率がよく、結果的に考えを深めやすい。

最近はAIの手を借りながら、動くプロトタイプもつくりやすくなった。以前なら画面デザインのなかで想像していた振るまいを、実際に動くものとして試せる。画面を触ったときの感覚や、スクロールしたときの間、思っていたより使いにくいところまで、つくってみて初めて気づくことがある。

「こうしたい」という方向さえ見えていれば、素早く形にできる。ひとつ形になると、「だったらこうしたらどうだろう」と次の考えが出てくる。AIによってつくるスピードが速くなったことで、以前と同じものを速くつくれるようになっただけではない。つくって、試して、また考えるという往復を短い時間で繰り返せるようになり、自分で探索できる範囲そのものが広がったように感じている。

一方で、まだあまり考えが深まっていない段階でAIに任せて、出てきたアウトプットを見ると、違和感があることが多い。見た目としてはなんとなくできあがっていて、それなりに整っている。でも、自分の頭で十分に考えていないぶん、アウトプットの濃度が薄いものになっているように感じられる。

いきなり完成したように見えるものが提示されることで、本来なら自分で手を動かしながら考えていた時間を飛ばしやすくなる。とりあえず出てきたものを見てから考えればいいかと思っているうちに、気づくと、前提にある問いや自分の意思までAIに委ねそうになることがある。

Microsoft Researchなどの研究者が2025年に発表した、生成AIとクリティカルシンキングに関する調査がある。知識労働者を対象に、生成AIを使うときにどのように批判的に考え、そのための労力の変化をどう感じているかを尋ねたものだ。回答では、AIの能力への信頼が高いほど、批判的に考えたと答える例が少なく、考えるための労力も減ったと感じる傾向が報告されている。研究論文

この調査は、AIを使うことで必ず考えなくなるということを示しているわけではない。ただ、この結果を見ていると、AIの出力をそのまま受け入れることで、自分で問い直したり、確かめたりする機会が減ることもあるのかもしれないと思う。

そう考えると、AIを「代わりに考えてくれるもの」として使うのか、「自分がもっと考えるための道具」として使うのかで、同じAIでもかなり役割の違うものになりそうだ。

もちろん、AIに任せることを増やすのは悪いことではない。繰り返し作業や、時間のかかる実行を任せることで、別のことを考えるために時間を使える場合もある。ただ、実行をAIに渡すときに、それまで手を動かしながら自然に起きていた思考の過程まで一緒に渡してしまっていないかは、少し気になる。

少なくとも自分の場合、考えることと手を動かすことはかなり近い。頭のなかで考えきってから形にするというより、とりあえず描いたり、つくったりしてみることで、初めて発見できることがある。まず手を動かしたほうが考えやすい人は、デザイナーに限らず意外と多いのではないかと思う。

AIを使ってすぐに形をつくり、その形を触りながら考えを深められるなら、これまでより遠くまで探索できる。一方で、つくる過程ごとAIに渡してしまえば、そこで起きていた思考も少しずつ失われるのかもしれない。

手を動かしながら考えるというのは、画面のなかだけの話でもない。実際の場所に足を運んだり、誰かの話を聞いたり、ものに触れたりすることで、最初に考えていたこととは違う方向が見えてくることもある。心地よさについて考えるときも、最初から「こうすれば心地いい」と分かっていることはほぼない。少なくとも自分には、手探りで見つけていくしかないように思える。

AIの出力の精度が上がっていくことで、ものを形にするスピードそのものの差は、これから少しずつ小さくなっていくのかもしれない。今よりずっと短い時間で、ものをつくれるようになるのだろう。

そうなったとき、最終的な違いとして現れるのは、その人がそこに至るまでにどう考えたかということなのかもしれない。何を見て、どこへ行って、誰の話を聞き、どれだけ手を動かしながら考えたか。

AIによってつくる時間が短くなっていくほど、人がゆっくり考える時間のほうに価値が出てくるのかもしれない。